空手道を精進する諸君へ

2009年 河合恒人 著

Ⅰ 空手道を精進する諸君へ

“真”の空手道を目指して、日頃ご努力の諸君が晴れの大会で心ゆくばかり伸び伸びと実力を発揮されることを期待します。
 さて、先般亡くなった囲碁の最高峰、藤沢秀行名人の言葉に、「芸に勝ち負けなし」その演技や作品が素晴らしいか、拙いか。「一定以上のレベルを保つのは至難の業で、更に上を目指せば、粉骨砕身精進努力が必要なのだ」と言う。
 空手道も同じく、貴方の空手が人の心を打ち、観衆を感動させる空手。勝敗は超越して素晴らしい空手を心から切望したい。より以上のレベルを維持し、真の空手を体得するには、絶えざる日々の練磨、粉骨砕身の精進が必要なのは勿論です。

Ⅱ “真の空手道”とは何か

先年はお隣の国の北京で、開国以来初のオリンピックが開かれました。
 オリンピックは創立者クーベルタン男爵が「勝敗よりもまず参加することに意義がある」と喝破したように、スポーツを通じて世界各国が交流を深め、親睦友好を通じて、地球上の全人類の平和と幸福を進めるために開催されるのです。そのために、五輪のマークは、五大州が仲良く輪と輪をつなぐ、人類愛を意味しています。北京大会の4年後はロンドン大会。更に4年後は、4つの都市が立候補して、見事「トウキョウ!」と東京開催が決定しました。そして候補種目として、是非とも空手を採用してほしいと願っています。
 さて、わが聖雅館師範がたの率いる空手道場は、熱心なご指導による錬磨と、諸君の努力・精進・協力によって、未来への充実発展が燦然と期待できる“真”の空手道場です。
 昔、道元禅師という高僧が言いました。
「一日、示に曰く、学道は須く、吾我を離るべし。たとえ、千経万論を学し得たりとも、我執を離れずば、ついに魔抗に墜つ」と。 五法眼蔵隋聞記 六ノ十二
 解説しますと、この学道を空手道と置き換えると、ぴったり空手道を示唆しています。
即ち、ある日、道元和尚さんは言いました。「空手を学ぶ道は、結局われを磨くことです。このわれを磨くとは、小さなわれを離れて大きな我に生きることです。たとえ千冊のお経、万冊の論文、即ち空手の理論技術を学んでも、自分の我執―小さな自己にこだわり、捉われていたら、遂に魔物の穴に落ちてしまう」と言いました。
 空手道も、優秀な技と共に、人間を磨くことが第一ということです。人格を磨き人間を向上させることが、空手の深奥を究め、空手に精神を打ち込むことによって、人間が向上するのです。

Ⅲ 空手道に生きるには

昨年の夏は、極めて異例な酷暑でした。しかし、諸君は暑さを吹き飛ばして、勉強に、遊びに、そして空手道に活躍されたことと存じます。
 顧みれば、私も後期高齢者ですが、私の少年時代、それは昭和年頃でした。アメリカに、ヘレン・ケラーという女性がいて、生れて1年で、難病にかかり、両眼が見えず、両耳が全く聞こえず、口も一言も喋ることができなくなりました。ところが、本人の意志とサリバンさんという女史の熱心な指導で、指や掌で言葉が通じるようになり、大学を卒業しました。私が小学生の頃、ヘレン・ケラーさんが日本へ招かれてきて講演をしました。その頃テレビはなく、ラジオと新聞で知りました。次にケラーさんの言葉を書きます。
 「不幸のどん底のあなたがいる時こそ、信じなさい。世の中にあなたができることとして、他人の苦痛を少しでも和らげることができるならば、あなたの人生は決して無駄ではないのです」と。
 このように、自身のすごい苦しみの人生の中にあって、他人への愛、慈悲の心こそが人間の尊い生き甲斐、価値だと言っているのです。愛の心を持ってすべての周りの人に接することが人生の使命と言っています。
 諸君もどうか、日常当り前と思っていること、例えば眼が見えるとか耳が聞こえるとか、話をすることができるとか、こんな平凡なことが当り前じゃなく、全く有難いことだと感謝して生きてください。どうか三重苦を乗り越えて生き抜いたヘレン・ケラーさんのことを忘れないでほしい。
 「諸君の洋々とした未来の人生に祝福あれ!」と大声で叫びたいと存じます。

 以上、三つの項目に分けて、空手道について私の思いを述べたが、要するにお互いこの人生を有効に、時間を大切に生かして使うことは勿論だが、凡 その人生に於いて成功もあれば失敗もある。成功の時は嬉しくて得意だが、失敗の際は口惜しくて残念で後悔に落ち込む。
 ここの所が一番大切な点だ。
 人生に無駄なことはひとつもない。
 成功より、もっと重要なのは失敗した時である。その失敗に学ぶところ、教えられる点がいっぱいあるのだ。どんなプロ野球のスタープレイヤーも、始めから完全な人は一人もいない。星野仙一氏も言っていたが、エラーしたっていい。エラーは野球につきものだ。そのエラーから学んだ人が真のプロになれるんだと。昔から言われている。『失敗は成功のもと』と。
 人生即ち空手道であり、空手道の中にこそ真の人生が体得できる。
 ところで諸君!空手道という立派な道を一筋に精進せよ。そこにこそ、生き甲斐があり、人間としての進歩、大成がある。


河合恒人略歴
 大正14年12月11日 名古屋市に生まれる
 昭和13年 愛知一中(現旭丘高)入学
 昭和32年 名古屋商科大学第一回卒業 学校法人河合塾に勤務
 昭和39年 河合塾学長就任
 平成18年 退職

 現在
 ローマン派美術協会理事(審査員) 本美術連盟会員
 日本文芸家クラブ会員 中部ペンクラブ会員 文芸誌「翔」同人
 名古屋キワニスクラブ会員 センチュリークラブ会長
 鯱光会(愛知一中・市三・旭丘高)理事
 名古屋商科大学同窓会会長(28年間)
 学校法人河合塾元理事長、元校長 他


日頃からご指導頂いております元河合塾学長の河合恒人様から
空手道に対する心構えを説いたお言葉を直々に頂きました。
広く皆様にお伝えすべく掲載させて頂きます。